人工知能が仕事を奪う「Xデー」は2026年か?

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スーパーコンピュータ「京」の意味すること

これから先の時代、人工知能とロボットによって人間の仕事が奪われる『仕事消滅』が本格的な社会問題となる。だが、このドラスティックな変化が始まったのは、つい数年前のことだったという。そのターニングポイントこそが2011~2012年。そのとき、何が起こったのか。著書『「AI失業」前夜』にて仕事の未来を解き明かした鈴木氏にうかがった。

コンピュータが「脳」に追いついた瞬間

人間の脳についてはいまだにわかっていないことも多い。とはいえ「意識はどこで生まれているのか?」とか「思考や記憶のメカニズムはどうなっているのか?」といった脳の根本的な構造については、医学的な解明がかなり進んできている。

人工知能が人類全体の頭脳を凌駕する日をシンギュラリティ(特異点)と名付けたレイ・カーツワイルの著書によれば、これまでも医学者はいろいろな形で人間の脳の計算能力を推論してきたという。

たとえば、網膜が目から入ってくる画像情報を処理する速度から見積もると、脳全体は処理能力として1秒間に10の14乗の桁の計算能力を持っていると考えられるそうだ。他の研究では、小脳の構造を全体に敷衍すると10の15乗の桁の計算が行なわれているという推定もされている。

カーツワイルはこれらの議論はまだ初期段階だからという理由で、人間の脳の性能をさらに保守的に見積もって、1秒間に10の16乗の計算能力を持つものだと想定した。

さて、日本が誇るスーパーコンピュータである「京」をご存知だろうか。政府の行政刷新会議事業仕分けの際に「1位じゃないとダメなんですか?」と詰め寄られ、110億円の経費が削減されたスーパーコンピュータである。プロジェクトの先行きが危ぶまれたが、関係者の頑張りにより2011年にみごとスーパーコンピュータの処理速度で世界1位の座を獲得した。

「京」は「けい」と読む。これは数の単位で、万、億、兆のもう一つ上である。「京」の名前の由来は1秒間に1京回の計算処理を行なうことができるスーパーコンピュータという意味であり、実際に「京」はこの目標を世界で最初に達成した。

そして、おわかりいただけただろうか。1秒間に1京回というのは、10の16乗回を意味している。つまりスーパーコンピュータ「京」は歴史上初めて、人間の脳の処理能力と同等の処理能力を獲得したコンピュータなのである。

 

ターニングポイントは2011~2012年だった

ハードウェア性能が人間の脳に追いついた翌年に、もう一つの技術革新が起きた。2012年、グーグルが世界で初めて「自分で学習して猫を認識する人工知能」を開発したのである。

それまでの人工知能はあらかじめ「猫とはどのような特徴を持った存在か」を人間が定義しておかなければ、写真に写っている動物が猫か猫ではないかを判断できなかった。そうではなく、グーグルはYouTubeから1000万枚の画像を取り出して「これは猫」「これは猫ではない」という情報だけを与えて、人工知能に猫を独力で見分けさせることに成功した。これがディープラーニング(深層学習)という新技術であり、人工知能の開発の世界では50年来のブレークスルーと呼ばれる偉業だった。

現在の人工知能ブームの基礎となる発明・発見はこの二つの年に起きたということになる。つまり2011年にハードウェアが、2012年にソフトウェアが、人間の脳の能力に手が届き始めたわけだ。

それでもまだ「仕事が消えない」理由

さて、そこで問題にしたいのは「なぜその後、人知を超えた人工知能がまだ限られた分野でしか出現していないのか?」ということである。

2015年にグーグルの「アルファ碁」が世界最高峰のプロの囲碁棋士を打ち破ったことは人類に衝撃を与えた。しかしアルファ碁は2017年に引退し、どこかへ消えてしまった。なぜアルファ碁は引退したのだろう? そして人知を超えた人工知能はいったいどこに潜伏しているのだろう?

ディープラーニングの技術を用いれば、専門領域の仕事を人工知能に置き換えるのは比較的短期間で達成できる目標だと言われている。弁護士、会計士、行政書士といった士業の仕事や、内科医のような診断の仕事、多くの銀行業務などは、早い段階で人工知能にとって代わられると考えられてきた。

人工知能の能力をもってすれば、給料の高いナレッジワーカーと呼ばれる専門家の仕事のほとんどは消えていくのではないかと言われてきた。なのにまだ、そのような話は現実的には聞かれない。何かが間違っているのか、それとも何かの事情があるのだろうかと不思議に思われる方もいらっしゃると思う。

実は「ある事情がある」から、まだ弁護士も医者も仕事として成立しているのだ。その何かの事情には二つある。

その一つは学習する人工知能の開発においては、まだいくつか乗り越えなければならない研究テーマが残っているということだ。東京大学の松尾豊特任准教授によれば、人工知能はまず、自分の行動が引き起こす結果を学べるようになる必要がある。

そのためにはPDCAを学べるようになったり、フレーム問題と呼ばれる人工知能の技術的問題を乗り越える必要がある。具体的に言えば「完璧な金融商品トレーダー」の人工知能は、この問題を乗り越えて初めて出現するわけである。

また「行動を通じて経験を蓄積する」という課題もある。ガラスのコップを落とすと割れるが、プラスチックのコップは割れにくい。そうした経験を経て「ガラスを扱うときには気をつける」ことを人工知能が自ら学べるようになる必要がある。

さらにその先に言語の学習ができるようになるというゴールがある。ここまで人工知能の学習能力が到達すると、あとはナレッジワーカーの仕事の置き換えは一気に進むことになる。

研究者に対してコンピュータが足りない!?

では、人工知能の研究者がどれくらいのペースで研究を進めれば、そこに到達できるのか。ここに実は二つ目の現実的なボトルネックが存在している。日本の人工知能の研究者がこういった研究を進めようとすると、大型コンピュータの処理能力を確保するのが大変なのだ。

アルファ碁レベルの人工知能を開発しようとしたら、世界でも最先端の巨大なハードウェアを必要とする。現在「京」はやや順位を落として、世界10位である。言い換えると、世界には「京」を上回るハードウェアが9台ある。1位と2位は中国、アメリカが4台、日本が3台、スイスが1台。これが「人間の脳を超えるスピードで計算処理できるコンピュータ」の台数である。

アルファ碁が囲碁の対戦から引退した理由は「世界にはもっと研究しなければいけない他のテーマがたくさんあるから」なのだ。2018年現在の世界では、たぶん、世界最高峰の能力を持ったコンピュータの台数よりも、世界最高峰の人工知能の開発競争を目指す科学者の人数のほうが多い。

研究テーマもさまざまで、自分の研究テーマを先に進めるためには巨大なコンピュータの利用時間のすきまを確保するか、ないしはそれよりも性能の低い汎用型の高性能コンピュータでできる範囲内の研究をするかのどちらかである。年間予算数億円の研究者はそのような制約の下で研究を進めている。

例外はグーグルとアマゾン、マイクロソフトと中国だ。年間1兆円規模の研究開発投資を投下して人工知能の研究を進められるのは、世界では彼らだけである。

そこでは世界最高水準の研究者らが集められ、ふんだんな研究開発予算を元に、巨大コンピュータを自由に使いながら自分の研究を進められるといううらやましい環境の下で、人工知能の開発が進められている。

「仕事消滅」が一気に進む「Xデー」はいつか?

当面、人類をあっと言わせるような新しい人工知能はここから発表される可能性が高い。一方で、その他の科学者による人工知能研究はしばらくの間、ゆっくりと進むだろう。

人工知能の研究が一気に進むようになるのは、全世界の人工知能研究者が人間の脳レベルの計算力を持ったコンピュータを数十万円の予算で購入できるようになったときだ。

現在、一番普及していて一番高性能な部類に入るコンピュータが、ゲーム機のPS4である。PS4GPUの計算速度は1秒間に1.8×10の13乗だ。PS4の発売は2013年だが、この性能は1998年頃の世界最高速のスーパーコンピュータの計算性能とほぼ同等である。

その間の年月は約15年間。そこから類推すれば、「京」が登場した2011年から数えて15年後の2026年頃には、世界の人工知能研究者一人に対して1台の「人間の脳と同じ能力を持ったハードウェア」が普及する状況になっているだろう。そしてそこから数年で、弁護士や医者などさまざまな分野の専門家の仕事が一斉に人工知能に置き換わるだろう。